皆さんからお寄せいただいた、
コーヒー 紅茶の想い出・・エピソードをご紹介しています♪



●恋愛にまつわる想い出・・・
●今だから話せる恥ずかしい想い出・・・
●感激、感動した瞬間・・・
●心があたたまった瞬間・・・



コーヒー、紅茶を飲む度に、ちょっとだけくすぶるこころの中にあるエピソード、想い出のシーンをお聞かせください♪

そういえば・・
カップの横にあったシナモンスティック。初めて見たとき、使い方がわからなくって、思わず匂いをかいでしまいました..今思うと恥ずかしい...etc

いろんな想い出やエピソード・・・お待ちしてます♪
メール→こちらからやFAXで、お送りくださいね。
掲載許可を頂いたエピソードは、こちらにてご紹介させて頂きます。


四国最東端の匿名希望さんより
いつもお世話になってます。
四国最東端の市で「琥珀色ブレンド」の愛飲家となっている一家(マリちゃんの飼い主)です。
何分,田舎なもんで,やっとデジタル放送とインターネット契約が完了し,久々に貴社のホームページを拝見しました。
おかげさまで,出水神社の御加護もあり,10歳の誕生日を迎えた娘の寝顔を観ながら,今日も例の一杯を楽しみ続けています。
ところで,飼い猫のマリちゃんは,18歳を過ぎたある日,いつもの朝の時間を私の膝の上で過ごした後,体調が急変して動物病院に行く最中,家内の腕の中で天国へ旅立ちました。
マリちゃんにとって,あの一杯の香りを十分楽しんだ後の旅立ちでした(人で言うと88歳の大往生でした)。
今は,二代目トラの助(生粋の黒トラ:現4歳)が,私の膝の上で腰を据え,しっかりとマリちゃんの後を継ぎ,例の一杯の香りを楽しんでいます。
また,ここ最近,「きな次郎」という名をつけた猫(茶トラ:生後2か月)も家族となり,毎朝,例の一杯を片手に,娘を含めたドタバタ毎日を過ごすこととなりました。
私たち家族にとって,かけがえのない一杯を提供してくれる「くらっち」に感謝していますので,これからもどうか頑張ってください
<匿名希望さまへ。>
とても温かいお便りをありがとうございました。これからも頑張ってまいります。

匿名希望さんより
学生時代に通った、ジャズ好きなマスターのいる小さな喫茶店.
木のカウンターとテーブルが2つくらいの駅前の小さな喫茶店でした。
月に2,3度しか行けなかったのですが、そこの髭の渋いマスターが、いつも白い琺瑯のポットとペーパーフィルターで丁寧にコーヒーをいれてくれるのを見るのが楽しみでした。
いつもお店にながれているのはジャズで、別に何か特徴があるというわけではないのですがとても心地よい空間でした。
いつのまにかマスターが顔を覚えてくれて、、。
よほど変わった客だったのでしょうか・・(それとも技を盗みにきてるような顔してたのかな?)。
かの地を離れて数年後、千葉から大阪までバイクでコーヒー飲みにいった時、「わざわざはるばる来てくれたんだから」と、カレーライスを無料でごちそうしてもらったのを昨日のように思い出します。
あのマスター元気にしてるかなぁ。

まさやん さんより
珈琲も水物・・・?
現在の私の住まいは船橋(千葉県)、息子の居場所は熊本市。
我が家に来て珈琲を飲み「これこんなにうまい銘柄だったんだ!」と言ったのが“アンデス・コンドル”。
その時使っていたのが千葉の名水“久留里の水”、 
熊本は水がおいしいので有名な土地柄、加えて淹れ方も片やコーヒーメーカー、私の方は電動のハンディタイプで豆挽き。
色々条件がちがうのだけれども、やっぱり“水”かな、と会話は終わった。
ところがその後、電話で、あらためて“アンデス・コンドル”を飲んだら、こっちもおいしいと・・・ 
珈琲も飲むときの喉の渇きや体調で感じが変わってしまうようです

 Joe Montanaさんより
私こと、Joe Montanaは、北米とUK(スコットランド)にそれぞれ、2年間単身赴任しておりました。
もともと緑茶しか飲まない私でしたが、そのころの北米では、ス*バの全盛時代で空港、売店にどんどん進出し、最後は勤務していた会社の中にまでス*バが押し寄せてきたそんな時代です。
今でこそ、ここ熊本でもス*バが飲めるようになりましたが、あの頃は北米でス*バを水代わりに飲んでました。
実際のところ、コーヒーについてはまったく知識がなく、ただ、あの味を自宅で気軽に味わいたいという軽い気持ちでいたところ、「くらっち」さんを友人から紹介していただきました。
お店の場所もわからず、やっとついたお店では、マスターさんに、ス*バに近いものをという、私の無謀なリクエストに気軽に応じて頂いて「琥珀色のコーヒー」を購入いたしました。
ただ、「琥珀色のコーヒー」という名前が少しアヤシイそうで、マスターにやられたカモとちょっと不安でしたが、
おそるおそる飲んでみると、確かに深いコクがあり、ほろ苦く、濃い、独特の味は本物でした。
家内と娘が寝静まり、一人自宅のソファーにもたれながら飲んだ、「琥珀色のコーヒー」の短い5分間は、
まだ若かりしの頃、異国の地に単身赴任でのりこみ、もがき苦しみながらも、無我夢中で暮らしていた自分をふっと思い出させてくれた、そんな5分間でした。
「くらっち」さん、どうもありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。


マリちゃんの飼い主さんより
毎朝、「餌下さい!」と手のひらをナメナメして、飼いネコ(マリちゃん)に起こされます。
その後、マリちゃんに缶詰の餌をやりながら、マンデリンの深みのある香りで、主人を起こします。
そして、私たちは、美味しいコーヒーを愛飲し、マリちゃんを膝の上に座らせて、朝の光を浴びる幸せを実感している毎日です。
コーヒー愛飲家の人たちも、毎日が幸せでありますように!


 しぃさんより
コーヒーを淹れている時、部屋中がコーヒーの香りで満ち溢れます。
その香りの中で、私がいつも思い出すのは祖父の後ろ姿なんです。
祖父は大正生まれで、日本男児と言う言葉がピッタリの人でした。
祖父がまだ幼い頃(多分、昭和初期くらいだと思います)、祖父の父(私の曾祖父)が珈琲なる物を買って来て、家族や近所に振る舞ったとの事でした。
まだ幼い祖父は、その黒い液体を舐めてみて、余りの苦さに驚いたものの、西洋の香りを感じ凄く感動したらしいです。
やがて太平洋戦争が始まり、コーヒーも手に入らなくなりました。
しかし、戦争中に曾祖父が結核に倒れ、症状が悪化し臨終の床に着いた時にどこから出して来たのか、曾祖母はコーヒーを淹れ、曾祖父の末期の水にしたそうなんです。コーヒーを愛していた曾祖父の最後の一杯だったのですね。
兵隊から帰還した祖父は、曾祖父の影響を受け、かなりコーヒーにこだわるようになったとの事でした。
私が小学生の時に、その祖父も亡くなったのですが、 私が一番覚えている祖父の姿は、愛用の木製コーヒーミルでゴリゴリと豆を挽いている後ろ姿です。
美味しいコーヒーが入ると、とても満足そうに,ゆっくりゆっくりカップを傾けていました。
私の脳裏に焼き付いている祖父の姿の向こう側には、コーヒーを愛してやまなかった曾祖父の姿も重なっているのではないのかな・・と、最近とても感じます。
そう言う私も、コーヒーが大好きで、コーヒーを淹れながら、祖父の事や、会った事はないけれど
何十年も昔にやはりコーヒーを愛飲していた曾祖父の事を思い浮かべ、 脈々と続く血の繋がりの神秘さを感じています。<




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